深宇宙通信 計算コンソール · DSN / ITU-R 準拠
📖 教科書

かんたん回線設計

ミッション例と変調方式・符号化を選ぶだけで、通信が成立するか(マージン)を判定します。各項目は必要に応じて上書きできます。

1. まず選ぶ

2. 項目を確認・調整

3. 判定

リンクマージン
dB
受信 Eb/N0
要求 Eb/N0(符号化)
95%信頼マージン
変調損失(自動)
搬送波/データ配分
データレート項
占有帯域
マージンが+3 dB以上なら余裕あり(緑)、0〜3 dBは要注意(黄)、マイナスは通信不成立(赤)。 「変調損失」「データレート項」「ボルツマン定数」「要求Eb/N0」は選んだ内容から自動計算されます。詳しく詰めたい場合は「リンクバジェット」タブへ。

リンクバジェット(厳密)

大気減衰 ITU-R P.676/838/618、天空雑音結合、変調電力配分(Bessel)を含み、 搬送波・テレメトリ・測距の3チャネルの要求C/N0とマージンを個別に評価する。

RF / 幾何

探査機 → 地上局。データチャネルはテレメトリ。
EIRP = dBW
Gr = dBi

大気(ITU-R)

変調・チャネル

電力の行き先(自動計算)
理屈の解説は 教科書 第2.1章(変調) へ。

不確かさ(不利側 1σ, dB)— 回線計算書用

各項目の「不利側に振れうる量」。RSSマージン = 公称 − √Σ(不利²)。JERG/NASA実務の判定はRSS。

結果

データチャネル マージン3値
公称マージン
RSSマージン(判定用)
最悪値マージン
🧮 式と数値の導出(この結果はこう計算された)
ウォーターフォール / 内訳
総受信 Pt/N0
系雑音温度 Tsys
G/T(大気雑音込)
大気: 気体 / 降雨 / 天空温度
往復光時間 RTLT
測距 1σ 誤差
降雨は信号を減衰させると同時に天空雑音温度を上げてG/Tを劣化させる(両効果を結合)。 Ka帯は降雨フェードが大きく、低仰角・強雨では回線が成立しないことがある(天候スケジューリングやサイトダイバーシチが必要)。 変調は総電力を搬送波·テレメトリ·測距に配分し、残りは高調波へ失われる。

搬送波の捕捉と追尾

搬送波の捕捉(周波数掃引による引込み)と追尾(位相同期の維持)の設計。性能はループSNR ρ = Pc/(N0·B_L) ひとつで決まります。

入力

結果

ループSNR ρ
dB
キャリアマージン Pc/(N0·2B_L)
位相ジッタ 1σ
サイクルスリップ平均間隔
ロックイン範囲
掃引限界(無雑音 ωn²/2π)
掃引限界(雑音低減後)
採用掃引速度 / 掃引時間
📖 この計算の意味(捕捉・追尾のしくみ)
なぜ掃引するのか。探査機の受信周波数は、発振器の個体差と往路ドップラで数十〜数百kHzずれている。PLLが自力で引き込める範囲(ロックイン範囲=数Hz)よりはるかに広いので、地上局が送信周波数をゆっくり変化させて(掃引)、キャリアがPLLの帯域を「通過」する瞬間に引き込ませる。

速すぎると捕まらない。PLLが応答できる加速度の上限が ωn²。周波数で書くと ḟmax = ωn²/2π(無雑音の理論限界、Gardner)。雑音があると引き込み力が目減りするので ×(1−√(2/ρ)) で低減する(ρ≦2つまり3dBでは捕捉不能)。実務ではさらに0.5前後の安全係数を掛ける。

追尾の質はρで決まる。位相ジッタは σφ=1/√ρ[rad]。ρ=20dB(100倍)で5.7°。ジッタが大きいと復調損失が増え、30°を超えるあたりからサイクルスリップ(位相が2π飛んで測距・ドップラ計測が壊れる事象)が頻発する。スリップ間隔は e^{2ρ} で伸びるため、ρを3dB上げるとスリップは桁で減る

B_Lのトレードオフ。帯域を狭くするとρが上がる(雑音に強い)が、ドップラ変化への追従と捕捉が遅くなる。深宇宙機が10〜50Hzの狭いB_Lを使うのはこのため。

抑圧搬送波の場合。BPSK/QPSKにはキャリア線スペクトルがないので、Costasループがデータから搬送波を再生する。その際データSNRが低いと二乗損失 S_L=1/(1+1/(2Eb/N0)) だけ実効ρが下がる。

RARR — 距離と距離変化率の測定

RARR (Range And Range Rate) は探査機の距離・速度を電波で測る航法観測。CCSDS PN測距の捕捉確率・精度と、観測誤差バジェット全体を扱います。

CCSDS PNレンジング

クロック電力(対Pr)
あいまい距離
熱雑音 測距σ
符号捕捉確率 P(C2..C6)
P=99%に必要なT

距離 誤差バジェット(1σ, m)

距離変化率 誤差バジェット

誤差の合計

距離 総合誤差
m
距離変化率 総合誤差
mm/s
📖 この計算の意味(RARRのしくみ)
距離の測り方。地上局が測距信号(PN符号)を載せて送信、探査機が折り返し、往復時間×光速÷2で距離になる。PN符号は6本の短い符号の合成で、C1(クロック)が精密さを、C2〜C6があいまい解決を担当する。クロック位相のみでは整数サイクルの不定性が残る(1 MHzで約150 mごとに縮退)。全成分の位相が決まると約73,000kmの範囲で一意になる。

T4BとT2Bの使い分け。T4Bは電力の88%をクロックに集中(σが小さい・捕捉遅い)、T2Bは39%(捕捉が数十倍速い・σは1.5倍)。巡航中の弱いリンクではT4B、近傍運用や急ぎの捕捉ではT2B、が定石。

誤差は熱雑音だけではない。積分すれば熱雑音σはいくらでも下がる(√T則)。実際に効くのは較正できない系統誤差——機上トランスポンダの群遅延変動(温度依存)、局装置の較正残差、大気の伝搬遅延の補正残り。だから実務のRARR精度は「メートル級」で頭打ちになる。

距離変化率はもっと極端。ドップラ計数の熱雑音は0.0001mm/s級まで下がるが、基準発振器の安定度(Allan偏差)が床になる:σ_v ≈ c·σ_y。水素メーザ(1e-15)なら0.4µm/s、USO(1e-13)なら40µm/s。X帯2-wayの実力0.03〜0.1mm/sはこの床+伝搬媒質ゆらぎで決まっている。

2-wayが基本の理由。同じ局の同じ発振器で送受するので、発振器誤差が往復で相殺に近づき、探査機側には高安定発振器が不要(コヒーレントターンアラウンド 880/749 等)。

測距誤差(逐次/トーン測距)

熱雑音による1σ距離誤差。σ_R = c/(4π·f_RC) · 1/√(2·(Pr/N0)·T)。要求Pr/N0(測距回線C/N0)も逆算。

入力

結果

1σ 距離誤差
m
あいまい間隔 c/2f
目標σに必要な Pr/N0
目標σに必要な T
クロックを上げると誤差は反比例で減るが、あいまい間隔 c/2f が狭まる。低周波トーンであいまいを解き高周波トーンで精度を出す多段構成が標準。

変調方式・帯域・データ量

変調方式ごとの要求Eb/N0(未符号化AWGN)、Es/N0、占有帯域、スペクトル効率と、1パスのデータ量。

変調・帯域

結果

要求 Eb/N0
dB
Es/N0
チャネルシンボルレート
占有帯域 Rs(1+α)
スペクトル効率
1パスのデータ量
同 (MB)
要求Eb/N0は未符号化の理論値。実際は符号化利得(リンクバジェットの符号化選択)と実装損失を差し引く。 帯域は整形フィルタ後の Rs·(1+α)、Rs=Rb/(符号化率·bits/symbol)。

軌道幾何・太陽合・偏波

地球周回衛星のスラント距離とカバレッジ、太陽合(SEP)角、相対論ドップラ、偏波軸比損失。

地球周回衛星

スラント距離
最大スラント(el=0)
天底角 / 中心角

太陽合 / 相対論ドップラ

SEP角(太陽-地球-探査機)
相対論ドップラ偏移

偏波不整合損失

偏波損失

メモ

SEP角が小さいと太陽コロナのプラズマ雑音・位相擾乱が増える(概ね<5°で太陽合、X帯は<1-2°で通信困難)。

スラント距離は仰角が低いほど伸び、経路損失と大気減衰が増える。中心角×地球半径が地表カバレッジ半径。

偏波損失は円偏波同士(軸比0dB)でほぼ0、円偏波と直線偏波(軸比大)で約3dB。逆旋回はさらに大きい。

設計制御表 (Design Control Table)

各項目の平均寄与[dB]と不確かさ(1σ)から、平均マージンと指定信頼度でのマージンを算出(DSN 810-005)。不確かさは独立とみなしRSS合成。

項目(値 · 1σ)

結果

平均マージン
dB
総受信(平均)
合成不確かさ σ
信頼度マージン
最悪ケース(−Σσ)
平均マージンが正でも、信頼度マージンが負なら不確かさが大きく設計余裕が不足。σが0の項目(定数)は合成に寄与しない。値は符号付き(利得+, 損失−, 要求は正値)。

伝搬・追尾(干渉 / プラズマ / 発振器)

電力束密度と干渉劣化、電離層・太陽プラズマの測距遅延、発振器安定度によるレンジレート下限。

電力束密度 / 干渉

PFD
C/(N+I) / 劣化

電離層 / 太陽プラズマ

電離層測距遅延
太陽プラズマ遅延(概略)

発振器安定度

レンジレート下限 1-way
同 2-way
位相ジッタ

メモ

電離層/プラズマ遅延は周波数の2乗に反比例(40.3·TEC/f²)。X/Ka帯ほど小さく、S帯で大きい。2周波観測でf²項を除去できる。

太陽合(SEP小)ではコロナ電子が急増し、測距・ドップラ雑音が増える。

発振器のAllan偏差σ_yはレンジレート計測の下限 c·σ_y を決める。USO(1e-13)で約30µm/s。

アンテナ利得・ビーム幅

G = η(πD/λ)² / 3dBビーム幅 θ ≈ 70·λ/D[deg]

入力

結果

利得
dBi
3dBビーム幅
波長 λ
指向損失
実効利得

ドップラ偏移・変化率

f_d = −(v_r/c)·f(接近 v_r<0 で正)/ ḟ = −(a_r/c)·f

入力

結果

2-way ドップラ
Hz
1-way ドップラ偏移
ドップラ変化率(1-way)
レンジレート 1σ 誤差
速度/光速 β
コヒーレント2-wayは往復で偏移を受け f_2way = −(2v_r/c)·f_down。レンジレート熱雑音誤差 σ = c/(4π·f_down·T_c)·1/√(2·(Pc/N0)·T_c) は計数時間 T_c で T_c^−3/2 に改善する。